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黒門川通りの簗所跡

簗所跡案内板

こんにちは。前に黒門のあたりをぶらぶら散歩していましたら、福岡の過去の景情が垣間見える場所がありました。福岡市中央区の福浜団地に向かう黒門川通りという道路があります。ちょうど前に掲載した河童のモニュメント噴水がある福岡市立当仁小学校の前の通りの道路ですが、この道路を福浜団地入口交差点の方に歩いていくと、簗所跡(やなしょあと)というのがありました。

簗所跡

現地の案内板によると、簗所跡というのは、福岡城の外堀であった黒門川の海際で、川の流れをせき止め魚を生け捕りにする仕掛けをした簗所のことで、江戸時代中ごろには、福岡藩唯一の「簗所」として簗奉行がおかれ、この場所で漁をしていたそうです。また、この簗所は海から敵が入ってくるのを防ぐ工夫でもあったとのことです。今でもこの付近の川の形状には当時の面影が残っているとのことです。

簗所跡風景

まわりは住宅街の普通の用水路のような川ですが、このあたりから海岸が広がっていたのですね。なんとなく過去の風景と照らし合わされたような素朴な感じがするところでした。福岡は歴史を感じさせる場所が沢山あるよい街です。

簗所跡案内板

それでは、また。(^o^)

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幕末の平尾山荘

こんにちは。先日福岡市中央区の平尾の方まで行った時に福岡の歴史を感じる施設の公園がありました。

福岡は歴史の遺跡・施設など沢山あるところですが、今回の施設は幕末の時代のものです。

場所は平尾5丁目交差点から山荘公園交差点に向かう道路沿いの公園緑地内にあります。

案内板によると幕末勤王の時代に志士たちをかくまい支援した歌人野村望東尼(のむらぼうとうに)のゆかりの場所みたいで、復元された山荘が公園内に建っています。

平尾山荘は福岡市の指定史跡であり公園内は柵もなく自由に近くまで行って見ることができます。

歌人野村望東尼 は熱心な勤王家であり幕末の勤王志士たちをかくまうためにこの山荘を提供したそうです。

公園内には望東尼胸像、歌碑、山荘、資料展示室(管理棟)などがあり、資料展示室は入館無料で見ることができます。(開館時間9時~17時:入館は16時まで)

案内板によると 野村望東尼 (俗名モト)は、この山荘で夫と一緒に世間から離れひっそりと暮らしていたが、54歳の時に夫を亡くし尼となり、この頃から天皇への忠義を誓う勤王の志を燃やすようになったそうです。山荘には高杉晋作や平野國臣らの藩内外の志士がひそかに集まるようになったそうです。

また案内石板によると 元治元年(1864年)長州から逃れてきた高杉晋作をかくまって温かく迎え、再起させて長州に送り出したそうです。

また、望東尼は慶応二年(1866年)九月の福岡藩の勤王派弾圧(乙丑の獄)で姫島に流されたそうで、高杉晋作の手配により島から救出され、下関で高杉晋作と再会して高杉晋作の看病に努めたそうです。

高杉晋作は翌年の4月に他界して、望東尼も同年11月に防府の三田尻でなくなったとの事です。

幕末の時代も、福岡や九州各地でいろいろなことがあったのだと思いました。

近くにいかれた方は見学無料ですので一度見られてはいかがですか。

それでは、また。(^o^)

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吉塚の不思議な樹

こんにちは。先日福岡市博多区吉塚の方に行った時に不思議な樹木を見ました。

近くの人たちはよく知っているでしょうが、木がフェンスと一体化になっているのです。

たまに木の成長の過程で近くにある造作物などを取り込んで成長する木がありますが、まさにそれです。

場所は福岡市中央区吉塚4丁目の辺りです。

水路のフェンスがちょうど股に入り込んだように成長していました。

案内板によると監察中樹木につき無断伐採を禁ずるとあり、

樹名は「せんだん」というそうです。フェンスを杖にしている不思議な樹???との事です。

長い年月をかけて成長したのでしょうね。 春になると枝いっぱいに緑を広げるそうです。

それでは、また。(^o^)

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九州最古の稲荷神社

こんにちは(^_^)。先日、福岡市の西新二丁目の住宅街の方を歩いていたら、九州最古の稲荷神社を発見しました。

「松山稲荷神社」といい、ふと由緒の看板を見てみると、なんと『九州で一番古い稲荷神社』と書いてあるではありませんか。

あまり通らない道なので初めて知りましたが、おどろきました。

こんな住宅街のひっそりとした場所に、九州最古の稲荷神社があるなんて・・・隣では大きな新築マンションが建設中でした。

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西新にはかなり住んでいますが、いろいろなところに再発見があるものだと改めて感じた次第です。

西新は西新商店街のリヤカー部隊(リヤカーでの露天商)が有名ですが、西新から百道・百道浜地区は近くに大学などある文教地区で百道浜の方の博多湾の海岸や福岡タワーや福岡市図書館・福岡市博物館などや百道浜のビジネス街には西新から歩いて15分ぐらいで行けるとてもよいところです。( ⇒ 過去のブログ : 西新と百道浜

その西新でさらに再発見がありました。

いつも通る道の横に駐車場があるのですが、その場所に醤油など販売している建物があり、今度お店を閉めるらしいのですが、張り紙を見てびっくりしました。

なんと明治八年より百四十年営業していた店というではありませんか・・・おどろきました。

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醤油はあまり買わないので、なにげなくいつも店の前を通っていましたが、こんなに古い店だったとは・・・当初は店構えも違い、知っている人は知っているのでしょうが、西新には古い歴史がありますね。

西新は、旧藩窯高取焼東皿山窯跡でも有名です。

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また、西新商店街の中にも由緒ある店がたくさんあります。

そのうちの一つが、もつ鍋やしゃぶしゃぶをやっている肉屋さんの「西新初喜」で、昭和九年から創業とのことです。

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当初は店構えは違いましたが、古くからやっている店でもつ鍋などはおいしいです。

西新の商店街は店の移り変りが結構ありますが、西新百道周辺には歴史を感じさせるエリアもあり、とてもよい町だと改めて感じました。

それでは、また。(^o^)

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地行の元寇防塁

こんにちは(^_^)。先日、西新から地行・ヤフオクドームの方に行ったときに、地行の狭い住宅街のなかに元寇防塁の保存地区を発見しました。

元寇防塁の場所は柵で囲まれており、案内板が中にありました。
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昔はこの辺りまで海岸だったのだなと思いましたが、柵の中を見ても草だらけで、遺跡らしきものは見当たりませんでした。
たぶん地面の中にあって、将来の為に保存されているのでしょう。

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百道の元寇防塁は、石垣とかよくわかるように保存されていますが、地行の場所は柵でおおわれているだけです。

住宅街の保存も大変ですね。( ⇒ 過去のブログ : 百道の元寇防塁

地行のエリアは道も狭く昔ながらの家のエリアが多いですが、最近は大きなマンションも建ちだんだんと様変わりしていくみたいです。

遺跡の保存がよくされた再開発地域になるとよいと思います。

それでは、また。(^o^)

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